愛国心とは何ぞや

http://d.hatena.ne.jp/blauburg/20060112
 蒼城さんのこの記事に触発されて、私なりに思うことをつらつらと。
 人間ってものは極めて社会的な生き物なので、大小様々な共同体に所属している訳です。ざっと挙げてみても、家族のように数人単位のものからご近所のような地域共同体、市町村都道府県のような行政体、学校や会社などの組織、趣味を同じくする人同士のサークル、果ては国家まで。
 で、そういった共同体と個人の間には常に、ギブアンドテイクの関係がある訳です。個人は共同体に参加し、その共同体の利益となる行動をする。共同体はそうして生み出された利益を個人に分与する。国家という視点で見れば国益という言葉がある訳ですが、国益というものは国家に所属する国民の利益に繋がらなければならない訳です。
 で、難しいのは共同体の構成員が多岐に渡る場合。当然多様な人が集まれば、共同体の利益を平等に分かち合うことは難しくなり、時には共同体の利益のために損を強いられる個人も出てくる。そうした際に重要になってくるのが、個人がどれだけの価値観をその共同体に持つことができるか、ということになる訳です。
 愛国心というものは、その対象となる共同体が国である場合であり、これが政治的共同体なら様々な主義、宗教的共同体なら教義への信奉が愛国心にとって代わります。まあいずれにせよ、現実的利益という見返りが無くとも、個人として価値観を抱いている共同体への奉仕することで得られる満足感が、精神的利益として個人を充足させることで、共同体と個人の利害関係を維持する効能があるということでしょう。
 そういう観点からすれば、愛国心などは極めて厳密な利害関係に立脚したドライな概念と考えることもできたりできなかったり。ちなみに私はそういう認識を持ってるので、とかく愛国心そのものを単に大っぴらに喧伝するのは、物的・精神的問わず利害関係を自ら暴露してるようなもんだと思ってるので、端的に言って好かんです。